企業価値向上の本丸:新規事業の持続的創出スキーム
要旨
企業価値向上は、2014年の「伊藤レポート」を契機として、そのテーマが“ROE向上”⇒“ESG投資”⇒“人的資本経営”⇒“サステナビリティ・トランスフォーメーション”と推移してきました。
しかしながら、日本企業の多くは、それらテーマを過度に意識し、既存事業の効率化やコスト削減、資産売却&配当の拡大、中途採用拡大、非財務開示と各要素への対応に終始し、“企業価値創出の本丸”における抜本改革が不足しています。結果として、PBR低迷、形式的賃上げと、競争力向上が見通せない状況に直面しています。
本稿では、米国S&P500の内訳から得られる示唆をもとに、日本企業が競争力を強化し、持続的に企業価値を向上するための「仕組み」と「スキーム」、および経営者が取り組むべきアクションのポイントを解説します。
1.S&P500の内訳からの示唆
米国株式市場の代表的な指標であるS&P500は、過去数十年にわたり右肩上がりの成長を続け、日本のTOPIXや日経平均株価を大きく引き離してきました。その彼我の違いから「やはり米国企業は強い」と思われるかもしれません。
しかし、このS&P500から、アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、フェイスブックの5社(S&P5)と、残り495社(S&P495)のパフォーマンスを比較すると、驚くべき事実が浮かび上がります。
- S&P5(2013年6月~2017年6月)の平均リターン:年率換算で約57%のリターン
- S&P495(2013年6月~2017年6月)の平均リターン:年率換算で約6%のリターン
(出所:MarketScreener ”Equity markets : The S&P 500 or The S&P 495“)
この驚くべき差は、「非連続な新規事業を継続的に創出可能とするスキームを持ち、創出した新市場において高い参入障壁を築くことで、超過利潤を長期にわたり獲得してきた企業群(S&P5)」と、「既存事業の高度化・効率化による連続的成長が中心となり、産業構造上、競争が激化しやすく、構造的に超過利潤を獲得しにくい状態が続いてきた企業群(S&P495)」かが大きな要因の一つと考えられます。
つまり、米国企業全体が優れているわけではなく、一部の『非連続な新規事業を生み出し続ける企業』が、指数関数的に企業価値(株価)を向上させる」ということであり、“企業価値向上の本丸”は、既存事業の延長線上には無く、「新規事業・商品の持続的な創出」なのです。
2.日本企業のイノベーション課題
失われた30年の主要因:「効率化重視経営の罠」
日本企業の多くは、1990年のバブル崩壊以降、長期的なデフレやグローバル競争の激化も手伝い、多くの企業が成長から「選択と集中」・「効率化」・「無駄の排除」・「コストダウン」を重視し、短期的な利益を追求してきました。
確かに、このアプローチは、赤字脱却など短期的な収益向上には一定の効果がありましたが、同時に深刻な“副作用”をもたらしました。それは、“無駄なことを絶対にしない”、“PDCAが確実に回る既存事業だけを徹底深掘りする”というマインドセットが社内に蔓延、「既存事業への過剰適応」を引き起こし、画期的な新規事業・魅力的な商品創出の組織能力、新しいことへの挑戦や投資が極端に失われてしまったのです。
「確実な市場・需要」が読み切れない新規事業に対しては、“効率が悪い”、“ROIが見えない”、“リスクが高い”、“無駄になるのではないか”と、もっともらしいが、まるで「地図のない場所へ探検に行く者に、詳細なルートマップと到着時刻の厳守を要求する」ような、“お門違い”な反論が繰り広げられ、稟議・経営会議で却下されるようになり、新規事業推進/新商品企画は、数値目標に基づく「既存事業の焼き直し」、「改善型商品」に終始し、“0⇒1”の大胆な創造は生まれにくくなりました。
いきおい、既存顧客のニーズを満たす量的拡大に注力するようになり、短期的な業績は安定したものの、皮肉にも、“経済合理性の有る”判断の積み重ねは、中長期的には企業の成長力を奪い、衰退への道に至るという、“効率重視経営の罠“に陥り、これが、いわゆる「失われた30年」の主要因の一つになったと考えられます。
新規事業創出を阻害する「効率重視経営」企業の病巣
「効率重視経営」企業には、新規事業創出を阻害する病巣が大きく3つあります。
①「失敗を許さない」文化
- 減点主義の評価制度が挑戦意欲を削ぐ
- KPI・評価制度が既存事業の延長(単年度主義含む)
②意思決定の遅さ
- ”石橋を叩いて渡る”リスク回避志向が強く、判断が遅れる
- “価値を生む意思決定“能力が決定的に欠如
③リソース配分の偏り
- 外部含めて新規事業に必要な異能・多様なリソース投下が不十分
- 既存事業にリソースが過剰投下され、新規事業への配分が不十分
3.新規事業の持続的創出スキーム構築のポイント
これらの問題点を解消し、持続的に新規事業を生み出すためには、以下のスキームが必要です。
1. 既存事業の省力化&高収益化
新規事業・商品創出には、相応の投資&リソース投下が必須です。成功企業の経験則的に、投資は売上対比5%以上(10%の事例も散見)、人的リソースは全体の約15~20%を投下しないと、大きな回収につながる新事業・商品創出は難しいと認識します。そこで、既存事業から財務的・人的投資余力を創出することが全ての始まりになります。
- 既存事業の省力化(ICT/DX/AI含めた自動化・生産性向上)
- 既存事業の付加価値向上(商品・サービスの差別化徹底による粗利益向上)
2.「イノベーション・ファースト」の仕組み&カルチャー醸成
- アイデアの創出・量産化と随時の実現検討(業務時間の15-20%を担当外の研究・創発活動へ)
- 外部人材との交流・協業(スタートアップ経験者や新規事業開発経験者)
- 失敗を許容する評価制度(挑戦数をKPIに設定)
3. 迅速な意思決定の仕組み
- 専門のイノベーションチームを設置(既存事業から分離)
- 「スモールスタート」の徹底(プロトタイプ開発→テスト→改善のサイクル)
- 投資判断のスピードアップ(3ヶ月以内のGo/No-Go決定)
4.エフェクチュエーションの導入&実践
新規事業創出の世界的な理論として、「エフェクチュエーション(Effectuation)」があります。これは、起業家論の専門家サラス・サラスバシー氏が提唱するアプローチで、伝統的な「計画→実行」の因果的思考ではなく、手元のリソースを活用し、不確実性を味方につける効果的思考です。具体的には、以下の原則に基づきます:
- Bird in Hand:現在の手段(誰か、何を知っているか、何ができるか)からスタート。
- Affordable Loss:リスクを最小限に抑え、失敗しても耐えられる投資額を設定。
- Lemonade Principle:予期せぬ出来事をチャンスに変える。
- Crazy Quilt:パートナーシップを構築し、ネットワークを活用。
- Pilot in the Plane:未来を予測せず、コントロール可能な部分に焦点。
このスキームは失敗を学習の機会とし、トライ&エラー繰り返すことで新しい市場を創出します。この考え方の下で先頭を走る企業に、AmazonやNVIDIAがあります。
事例1:Amazon
ジェフ・ベゾスは「Amazonは世界で最も失敗する場所だ」と公言しています。彼らにとって失敗とは、無駄ではなく「発明のための必要経費」です。 例えば、Amazonが開発したスマートフォン「Fire Phone」は巨額の損失を出し、大失敗となりました。しかし、その開発で培った知見が、後のAmazon Echo開発に活かされました。また、自社の急成長を支えるために構築した強力なインフラ技術を他社へも提供するという「手持ちの手段(自社の強み)」から始まったAWS(クラウド事業)は、今や利益の大部分を稼ぎ出す柱となっています。 これらは、最初から綿密な事業計画が有ったわけではなく、小さな実験と許容可能な損失の中からの発見でした。
事例2:NVIDIA
現在、AI半導体で世界を席巻するNVIDIAですが、かつてはゲーム用グラフィックボードの会社に過ぎませんでした。しかし、CEOのジェンスン・フアンは、当時はごく限られた用途にとどまっていた「GPGPU(画像処理半導体の汎用計算への転用)」という新しい領域に、研究開発費を惜しみなく投じました。 当時のNVIDIAは、売上高に対する研究開発費の比率が業界平均を大きく上回っており、短期的な収益性を重視する一部の投資家からは懐疑的な見方もありましたが、彼らは「未来を予測」したのではなく、「GPUが科学技術計算やAIに使われる未来を創造」しようと、数え切れないほどの技術的失敗(トライ&エラー)を繰り返しながら、今日のAI時代の覇者となりました。
4.経営者による必要アクション
「新規事業の持続的創出スキーム構築」は、“部門任せ”、“現場任せ”では成し得ません。また、小手先の「新規事業コンテスト」や「出島組織の設置」だけでも機能しません。必要なのは、カルチャーを変えるレベルの抜本変革であり、それには、まず経営層が先頭に立って、以下に挙げるような明快なアクションが必要です。
①「挑戦の奨励&失敗の許容」を経営トップ自らがコミットメントを表明
社長から「新事業への挑戦を評価し、失敗時は尻ぬぐいもする」と宣言、新事業創出現場の泥臭い混乱・苦悩に直に接しながら、現場の創発に対し、“トライ&エラー“のカルチャー醸成を図る。
②評価制度の再設計
短期的な財務数値偏重の評価から、チャレンジと学習を評価する仕組みへ転換する。
- 新規事業専用の評価基準を設定(売上・利益ではなく、仮説検証の質と量)
- 挑戦した人材のキャリア保障(失敗してもキャリアに傷がつかない仕組み)
③資源配分ルールの明確化
新規事業への資源配分を「経営コミットメントとして枠取り」する。
- 売上高の一定割合を新規事業投資に義務付け
- 既存事業の承認プロセスとは別の「新規事業専用ルート」を設置
④組織構造見直し
既存事業と新規事業を分離した「両利きの経営」体制を構築する。
- 新規事業部門に独自の意思決定権限を付与
- 経営トップが新規事業を直接管掌&保護
- 外部を積極活用し、創造の源である多様性を確保
おわりに
リスクや困難は不可避ですが、新規事業の持続的創出は企業価値向上の本丸であり、これに取り組まない、あるいは劣後させることは“価値向上を目指さない”経営を意味します。当研究所は、第三者、かつ圧倒的な改革経験、さらには、代表者のベンチャー企業におけるIPO経験を基に、新規事業の持続的創出スキームに関する知見や支援を提供、貢献いたします。
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