サステナビリティ取り組み:本質回帰の必要性
要旨
近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資や、サステナビリティ経営は「企業価値向上」の必須条件のよう扱われてきました。しかし今年に入ってから、サステナビリティを巡る風向きが大きく変わりつつあります。
トランプ政権の再登場とともに、米国では反ESG(環境・社会・ガバナンス)の動きが顕著になっています。共和党主導の一部州では、ESG要素を考慮した投資を制限・禁止する州法が相次いで成立し、公的年金基金などに対してESGを重視する運用を抑制させる動きが強まっています。「気候変動対策よりもエネルギー安全保障」、「多様性推進よりも実力主義」といった政治的な圧力を受け、企業側でもESGを前面に出すことへの慎重姿勢が見られるようになってきました。
一方、サステナビリティ規制の本丸とされてきた欧州でも、予想外の展開が起きました。EUでも、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の適用時期や範囲について、複数の改正パッケージの中で見直しが行われ、中小企業に対する適用時期が延期されるなど、企業側の負担を考慮した調整が進んでいます。「規制負担が重すぎる」という企業側の声を受け、報告時期や詳細要件の一部が見直されるなど、実務的な運用へと調整されつつあります。欧州グリーンディール政策への批判も高まり、「理想主義的過ぎる」との声が産業界から上がっています。世界的にその潮流に逆風が吹き始めています。
確かに、行き過ぎた、あるいは実効性の伴わないESG・サステナビリティ規制には、「調整」が必要な側面があることは否めません。このような保守化・縮退の潮流を背景に、グローバル企業のサステナビリティへのコミットメントも、再考・再定義が求められる段階になったと言えるでしょう。”サステナビリティ投資が無条件に企業価値を押し上げる”時代は終焉し、「本当に儲かるサステナビリティ」への真剣な”選択と実践”が問われる時代になりつつあります。
1.サステナビリティの新段階:リスクから機会へ
サステナビリティブームが一巡した今、企業のサステナビリティへの取り組みは新たな段階に入りつつあります。
気候変動リスクへの対応、サプライチェーンにおける人権配慮、ダイバーシティの推進——これらは、かつては「先進的な取り組み」として注目を集めました。しかし今日では、これらは優良企業として当然備えるべき要件となりつつあります。
TCFD提言に沿った気候関連情報の開示、Scope1・2・3の温室効果ガス排出量の算定と削減目標の設定、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいた人権デュー・ディリジェンス、TNFD提言に沿った自然関連情報の開示——これらは、もはや差別化要因ではありません。むしろ、これらが欠けていることがリスク要因となる時代となってきており、プライム市場上場企業では、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定した国際基準をベースとしたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準に沿ったサステナビリティ情報開示が、有価証券報告書などの法定開示として段階的に求められていく方向性が示されています。
この変化は、コンプライアンス対応の歴史と重なります。かつて、法令遵守やコーポレートガバナンスの強化は、一部の先進企業だけが取り組む「差別化要因」でした。しかし今日、コンプライアンスは企業経営の大前提であり、それ自体が競争優位の源泉にはなりません。むしろ、不備があれば大きなレピュテーションリスクとなります。サステナビリティにおけるリスク対応も”当たり前”化が進んでいるのです。
では、サステナビリティにおける競争優位はどこで生まれるのでしょうか。それは「機会探索」の領域であり、新たな事業機会、収益源として積極的に活用する。つまり「儲かるサステナビリティ」の追求です。規制対応や投資家対応のために”仕方なく取り組む”のではなく、自社の競争力強化と企業価値向上に直結する形で、”サステナビリティを事業の差別化”要素に位置付ける。これが、これからのサステナビリティ経営の主戦場となるでしょう。
2.評判は良いが売れない:サステナブル消費の実態
環境負荷の低い素材を使用した衣料品、フェアトレード認証を取得したコーヒー、カーボンフットプリントを削減した食品。これらの商品に対する消費者の「評価」は確かに高いものがあります。各種消費者調査では、「サステナブルな商品を選びたい」と回答する人が多数を占めています。しかし、実際の購買行動との間には大きなギャップがあることも、多くの調査で指摘されています。
それゆえ、サステナビリティのための新商品やリニューアル商品を打ち出しても、そのためにかかったコストを価格に転嫁すると、実際の購買につながらない……。こうした声が各業界から聞こえてくるのも現実です。
昨今のインフレ下で家計防衛志向が強まる消費者は、なおさら手を伸ばさないでしょう。エシカルであるが故に高付加価値を標榜する商品等、一定以上の価格プレミアムは許容されなくなっています。この傾向は、世界的なインフレ環境の中でさらに顕著になっています。物価上昇により家計が圧迫される中、「環境に良い」という付加価値だけで、10〜20%の価格差を受け入れる消費者は限定的と考えられます。
実際に消費者が行動に移すサステナビリティは、個々人の「節約」と直結したもの、例えばマイバッグ持参やシェアサイクルの利用、賞味期限間近商品のバーゲン購入、中古品のオークション利用が中心です。浪費を避け資源を大事にする、合理的でお財布にやさしいサステナビリティが支持されているのです。いわば「節約的サステナビリティ」とでも呼ぶべき行動です。レジ袋削減のためのマイバッグ持参は定着しましたが、これは環境意識というよりも、レジ袋代の節約という経済的動機と捉えることができます。
賞味期限間近の食品を割引価格で販売するコーナーは人気を集めていますが、これもフードロス削減への貢献意識よりも、お得感が購買動機の中心です。フリマアプリやリユースショップの利用拡大も、循環経済への貢献というよりも、節約志向の表れと見るべきでしょう。
この消費者行動の現実は、企業に難しい問いを突きつけます。サステナビリティに配慮した商品開発にはコストがかかります。そのコストを価格に転嫁すれば売れず、転嫁しなければ利益を圧迫する。このジレンマをどう解決すればよいのでしょうか。
答えは大きく二択です。価格プレミアムを支払ってでも購入してくれる、いわゆる富裕層をターゲットにした商品/サービスの提供か、マス層狙いであれば、「サステナビリティのためにコストをかける」とは真逆の発想で「サステナビリティによってコストを下げる」商品/サービスの提供です。
3.「儲かるサステナビリティ」先行事例
サステナビリティの収益化に成功した先行事例を挙げます。
事例1:ユニリーバ
ユニリーバはサステナビリティを自社の成長戦略の核心に据えたことで有名です。2010年に打ち出した「サステナブル・リビング・プラン」では、「環境フットプリントの半減」や「全製品の持続可能な原材料由来化」を掲げ、多角的な投資と改革を実施。その結果、「サステナビリティ主導ブランド」群は、2019年時点で他のポートフォリオより69%速い成長率を記録し、同社全体の成長の75%を牽引しました(ユニリーバ公式発表より)。特筆すべきは、これらのブランドが単に「環境に良い商品」だけではなく、それを機能価値と結びつけました。例えば、濃縮洗剤は水使用量を削減できるだけでなく、消費者にとっては「少量で済むから経済的」というメリットがあります。節水型衣料用柔軟剤は「すすぎが早く終わる」という時短価値も提供、消費者の共感によって価格競争力も強化されている事実です。
事例2:味の素
事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組み「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営」を推進している味の素は、アミノサイエンスから生まれたフィルム状の絶縁素材であるABF(味の素ビルドアップフィルム)を、高密度配線を可能にする層間絶縁材料として商品化。パソコンやサーバー向けの高性能CPU・GPUパッケージで広く採用され、味の素グループの重要な収益源となっています。そして、ABFにより、半導体パッケージの微細化・多層化が進み、半導体チップの高性能化・省電力化を実現しやすくなることで、結果的にデータセンターなどの電力消費削減、ひいては脱炭素社会への貢献にも繋げています。ポイントは、「サステナビリティのために開発した」のではなく、「自社の技術的強みを活かした事業展開が、結果としてサステナビリティに貢献している」という点です。自社の強みと社会課題解決が自然に結びついた好例と言えるでしょう。
上記2社に共通することは、第一に、サステナビリティを独立したCSR活動としてではなく、事業戦略の中核に位置づけていること。第二に、自社固有の強み(技術力、ブランド力、市場ポジションなど)を活かした形でサステナビリティに取り組んでいること。第三に、取り組みの成果を財務的なリターンとして測定していることです。
4.「儲かるサステナビリティ」の方程式
さて、自社において「儲かるサステナビリティ」を実現するには、どうすればよいのでしょうか?
その鍵は、経営トップ直下で
■産業メガトレンド × 自社の強み × サステナビリティ × 事業ポートフォリオ
という方程式を構築し、「将来フリーキャッシュフロー(FCF)増大」につながる、”自社らしい戦略ストーリー”を描くことです。
1) 産業メガトレンドの見極め
産業ごとに異なる「不可逆の変化(メガトレンド)」をまず深く洞察します。脱炭素、サーキュラーエコノミー、ウェルビーイング、エネルギー・食料の安全保障、DX・AIなど、事業環境を一変させる大波があります。これらが自社のどの分野・どの事業に(チャンスor脅威として)最も影響するかを、マクロデータや他社事例、規制予測を通じて特定します。
2) 自社の強み(経営資源)とのマッピング
自社が「本当に勝てる領域」、「他社が真似しにくいケイパビリティ」は何かを、多面的に再点検します。規模や技術だけでなく、顧客基盤、ブランド力、サプライチェーン、知財、人材、組織文化など、自社が競合他社に対して持つ独自の強みを俯瞰した全方位の点検が不可欠です。
3) 「サステナビリティ」による財務価値創出パスの構築
メガトレンド×自社強みを掛け合わせ、どんなサステナビリティ活動ならば「将来のキャッシュフロー増」をもたらすかを逆算します。社会的意義の高い領域であっても、事業として「儲かる」仕組み化がなければ、社内外とも動きません。
ここで重要なのは、ブランディング・新規市場創造・価格主導権獲得・規制先取りなどの「成果の見える化」です。サステナビリティが、マーケットシェア拡大やリカーリングビジネス、B2B/B2G分野の案件受注増という形で、数値として経営陣/株主に説明できるレベルまで落とし込むことが不可欠です。
4) 事業ポートフォリオ再編
上記のストーリーと整合する形で、既存および新規事業のポートフォリオを組み替えます。「儲かるサステナビリティ」に該当するものに資源を投下、収益につながらない活動は、最小限の”守りの対応”にとどめます。”総花的なサステナビリティ”から脱皮し、「真に価値あるサステナビリティを選択&実践する」ことです。
さらに、推進体制も重要です。サステナビリティ部門と事業部門が別々に動く状況から、事業戦略の中にサステナビリティが統合されている状態を作る必要があります。事業トップが、サステナビリティ推進責任も負うような体制が理想的です。
おわりに
サステナビリティを取り巻く環境は、確かに変化しています。政治的な逆風もあれば、消費者の現実的な購買行動もあります。しかし、これらの変化を「サステナビリティの終焉」と解釈するのは早計です。
むしろ、これは”サステナビリティ・バブル”が過ぎ去り、サステナビリティの本質が問われる段階に入ったと捉えるべきでしょう。サステナビリティを巡る環境が厳しくなっている今だからこそ、お題目やスローガンではなく、本質的な取り組みへの転換=実際のビジネス価値創出につなげるサステナビリティこそが、今後の企業経営において真に求められるものです。
規制や世論に押されて形だけの対応をしてきた企業は、一旦立ち止まり、「将来フリーキャッシュフロー(FCF)増大」につながる、”自社らしい戦略ストーリー”が描ける「儲かるサステナビリティ」を選択し、経営資源を長期投資する。この戦略的アプローチこそが、サステナビリティを企業価値向上につなげる唯一の道筋と考えます。
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